パチンコは戦争中も健在・・・愛知のパチンコ屋3
だが、営業停止の通達を受けても「生活のために、営業を止めるわけにはいかない」と主張して、営業を続けていた業者もあったのです。
当時、政府の通達は、ひじょうに強力なものを持っていました。
したがって、それにそむくとどんな嫌がらせをされるか分かりません。
だが、戦争末期近くまで、頑張っていたパチンコ業者があったのです。
愛知県のパチンコ業者でしたが、もうその頃は全国至るところ空襲の連続---。
店をあけても、空襲警報発令となれば、近くの防空壕に待避しなければならず、結局、頑張っていたパチンコ業者も、県当局の勧告を受け入れざるを得なくなり、パチンコ台1台、15円50銭程度で県へ買い上げてもらって、やっと廃業したという話も残っています。
よくぞまあ頑張ったものです。
大した度胸です。
終戦は20年8月15日でした。