パチンコは戦争中も健在・・・熱海の強情パチンコ屋
熱海にも戦争中、パチンコ屋がありました。
戦争中の熱海は、傷痍軍人の温泉治療と、軍需工場などで働く"産業戦士"の温泉慰安とで、歓楽温泉地としてお色けのほうは薄れていましたが、ピンポン屋、楊弓屋、射的屋などといった遊技場は盛ん---、白衣の傷痍軍人や、作業服の工員たちで賑わっていました。
これらの遊技場の中には、営業停止通達でパチンコ屋から転業したものも多かったようですが、強情にパチンコ屋を続けているのが何軒かあり、希少価値もあって、大繁盛していました。
しかし、熱海の沖合いに、アメリカの潜水艦が浮上したとか、日本軍の秘密兵器がテスト中、温泉ホテルに誤って落下、爆発して死傷者を出したとか、いろいろ物騒なことが続発するようなことになり、熱海からレジャー色は消えパチンコ屋もいつか姿を消してしまったのでした。